保険芸者VSネット巧者。親子対決の勝敗はボロ負けか

1月20日
今年は新年早々元旦の京都新聞に顔写真入りで各界でご活躍の50人という特集でどういうわけか不肖ワタスが保険業界代表?として掲載されまして。
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年末年始に帰省してきたワタスにとって最大のストレッサーであるぼんくらツインズ(双子の息子)にもさりげに見せびらかして親の威厳を誇示していたのですが。
先日そのぼんくらツインズが起業して始めたサービスが巷で話題になっているらしく、日経MJに顔写真入りで代表をしている2号(弟の方)が掲載され。
          
本人たちからは全く報告は無かったのですがワタスの知り合いの方が見つけてわざわざLINEで送ってきてくださいました。
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ネット巧者たちというコーナーで見出しはなんと「簡単操作で出品、女心つかむ」と書いてあるではありませんか。
「お前らが女心つかむなんて100年早いわっボケッ」
と思わず20年以上男芸者として?保険営業からマネジメントの世界で生き抜いてきたワタスは心の中で怒りをぶちまけたのです。
でもまぁ寝る間も惜しんでアホみたいに働いて順調なスタートを切ったのはヨシとして、経営には山あり谷あり。普段はへらへらしかしていないワタスでもそれなりに辛いことも経験してきましたから、彼らもいつかそういう時も迎えるでしょう。
それも織り込み済みで、ちょっと話題になったくらいで天狗にならず、謙虚さや感謝を忘れず、経営者という志事を愉しんで、どうせやるなら社会に役立つサービスをどんどん開発もらいたいものです。
あ、親子対決の勝敗は親のプライドに免じて無理やり引き分けにしておきたいと思います・・(ダメ?)
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ベテランベンチャーキャピタリストが言い切る必ず失敗する企業経営の共通点とは

1月15日
東京は昨日の大雪が夜になってもまだ溶けずに路面が凍結し大きなキャリーバックを転がしながら気を抜くとこっちがキャリーバック以上に転がってしまうくらい危険な状態が続いておりつくづく振袖を着ていなくてヨカッタと安堵している永遠の二十歳@堀井ですこんばんわ(意味不明・・)
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今日は新幹線に乗る前に京都駅前のホテルで付合いの長いベンチャーキャピタリストと情報交換をした時の話を少々共有したいと思います。
諸々話の流れの中で、「ベンチャーキャピタリストのスペックとして最もアピールできるポイントは何?」
と質問しましたところ。
「今まで数々の失敗してきた企業やその経営者を見てきたことです。」と。
確かに資本を投入する上で、またその後株主として経営に参画しながらもその投資先企業が上手くいかない現状を散々見てきたわけですから、その在り方ややり方の反面教師のノウハウを最も蓄積している職業でしょう。
そこですかさず自称プロクエッショナー?(プロの質問者?)のワタスは、「じゃあその失敗する企業の共通項を三つあげるとすれば何になりますか?」と質問したわけです。
で、その答えですが。
「⒈まずは数字や事実で議論する仕組みができていない会社。
2.ビジネスモデルが外部環境に依存しすぎる会社。
3.社長がロジカルでない会社。」

だということでした。
つまり、1.は定性的な掛け声やヤル気や将来ビジョンや理念はあってもそれが数値化されておらず、企業がその数字というファクトに基づいてコミュニケーションできるオペレーションが構築されていない会社はダメになると。確かに数字は英語以上にビジネスにとっては万国共通語です。
2.は外部への依存度が高くないこと。そのビジネスが景気動向や法規制や流行や政権交代等外部環境の変化要因に影響されやすいビジネスモデルや対応できない組織体制だと失敗する可能性が高いということです。一つのモデルで短期的にドメインを絞り込んで一点突破するという方法もあるのでしょうが、最近ではそれもそう簡単では無いということかもしれません。むしろこれがダメならこちらがあるさと、リスクヘッジを効かしてあるか、すぐに新たなサービスを開発できる対応力がチームに求められているということでしょう。
3.は社長自身との会話の中で、質問したことに対して返答に的確性がなく頓珍漢もしくは自分に都合のイイ返答が多かったり、プレゼンがロジカルでなかったりする社長はいくら商品やビジネスモデルが良くても結果ダメになる会社がほとんどだということです。
当社は設立して既に10年以上経過しているので、一般的にはもはやベンチャーとは言えないかもしれませんが
恐らくこの見立てはベンチャーでなくてもかなりの企業にも当てはまるのではないでしょうか。
一方企業の成功要因ですが実力も運も併せて、もし100人の経営者がいればその成功要因も100通りあり、基本成功した後に後付の理由ならいくらでもつくれますので、成功要因を分析して経営に活かすのは実は結構難易度が高いのではないかと思うのですがいかがでしょうか。
起業を志す学生やサラリーマン、起業して間もない若き経営者の皆さんも、誰にも迷惑かけずにやりたいことやって玉砕していく個人会社ならまだイイですが、そこにステークホルダーや社員、その家族を背負うなら、まずは確実に潰さずに成長させて行くためにこの失敗しない3つの共通点に留意して経営にあたることもそれなりに意味のあることですし、何より商品やサービスを気に入って取引してくれたお客さまの為にもこのベンチャーキャピタリストの経験値は一考の予知があるかもしれません。
取り急ぎ参考まで。
それでは皆さんおやすみなさい。
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五十肩になって考える。君は将来ポンコツになるのかそれともヴィンテージを目指すのか

1月13日
いつ頃からかはもはや忘却の彼方なのですがここ暫く左肩から上腕部にかけての部分が肩関節を曲げる角度によって激痛が走るようになってしまって久しい五十四歳の多分五十肩野郎@堀井ですこんばんわ。
五十肩をネットで調べると「肩の痛みと運動制限をきたす疾患。肩に疼痛(痛み)と運動障害がある、患者の年齢が40歳以降である、明らかな原因がないという3条件を満たすものを五十肩と呼ぶ」とあり、まさにこの3条件に当てはまるので恐らくワタスは五十肩なのでしょう。
昨年は人間ドックで食道部中度異形成と診断され、食道がんの疑いもあったのですがその後医師のアドバイスを守りながら摂生を心がけ半年後の再検査で一転異常無しとなり何とか事なきを得ました。
やはり人間も50年以上続けていると、身体の所々にガタがくるのは当然と言えば当然なのでしょう。
一般的には家電商品や自動車等の器械ものの寿命は10年、家も木造なら耐用年数は30年くらいと言われています。でもしかしその寿命を縮めるか伸ばすかはいかにそのモノ自体に愛情をこめてメンテナンスしているかどうかではないでしょうか。
この「メンテナンス」をネットで検索すると、「人々が生活のうえで使用しているものは、どんなものでも時間とともに劣化・老朽化し、やがて使用に耐えなくなる運命にある。しかし、メンテナンスによって、欠陥を早期に発見したり寿命を伸ばしたりすることが可能である。大量消費の時代である現在、大量生産から再利用・再使用にむけた動きが活発であるが、それにとどまらず、現存する製品や構造物などの効率化や延命を実現するメンテナンスという技術は欠かすことはできない。」とあります。
自分の身体もやがて使用に耐えられなくなる運命にあるわけですから、丹念に愛情を込めてメンテナンスすることが大切だということですね。故障してから修理するのではなくて故障しないように日頃から心がけることが人間の身体にも精神(ココロ)にも必要だということを肝に銘じましょう。
そういえば実兄がヨーロッパ車専門店を経営していまして、たまに30年~40年前のアルファロメオやポルシェが入庫してくるのですが、オーナーが愛情を込めて大事にメンテナンスしてきたと思われる個体はとても美しくて、新車にはない「味」というか、何とも言えない魅力が溢れています。
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そう、ただのポンコツになるかヴィンテージになるかはメンテナンス次第ということですね。
性能では新しいモノにはとても勝てないかもしれませんが、自分の心身に愛情を込めながらメンテナンスを怠らず、味とか存在感とかなんとも言えない魅力を醸し出すヴィンテージなオトコを目指したいと思います(まず五十肩を治せよちっ(怒った顔)
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ホリスティック教育を標榜する会社とは

1月10日
今週は仕事始めの週。今年に入ってから当社はやけに教育づいています。
初出社日の7日は当社の役員を対象に教育研修を行いました。といっても戦略やマネジメントというような一般的な役員として必要なスキルを学ぶというものではなく。
通常はドクターやカウンセラー等ヒトの身体に触れて直接病気を治療するヒトしか対象としていないプロ専門の氣功師の先生を講師に向かえての研修。なぜならワタスタチは講演や研修、商談やコーチング等で様々なヒトと接する機会が多く、更に生命保険というビジネスは「死」を扱うわけですからかなり人の感情や想念に触れる機会が多く、そこには目に見えない「氣」の世界が存在するということを感じないわけにはいかない経験をそれなりにするので、その氣の扱い方を得とくしておくことは決してこれからの経営にとって損ではないだろうと思ってのことです。
また、8日から2日間に渡り新人営業パーソンのフォローアップ研修、そして昨日から3日間に渡り直販営業パーソン向けの教育プログラムをブラッシュアップしようということで合宿が執り行われております。
このプログラムは「生保営業を科学する」というタイトルで妖しさのかけらもなく、むしろカン、コツ、経験、センスと言うような暗黙知の領域として片づけられてしまう営業の世界を科学的に分析し、形式知に落し込み、営業をスキル(技術)として捉えて反復練習することでお客様の潜在的ニーズを引き出し、そのニーズに合致するベストな選択肢を提供できるようになるためのプログラム開発会議です。
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ワタスは勝手ながら科学的な教育と非科学的な教育を融合させたり獲りいれたりすることをホリスティック教育と名付けました(ホリスティックとはギリシア語でホロスと同義語なのですが、全体的統合的という意味です)
教育には正解というものは存在しません。むしろ試行錯誤を繰り返しながら、いかに成功確率を上げていくか、人間的成長をサポートするかということだと思いますので、これが絶対正しいかどうかはわからないのですが。
ジャストタイミングでワタスがリスペクトする元ソニーの役員であり、AIBOの開発者でもある天外伺朗さんがメルマガで興味深い情報を発信されていましたので紹介します。
『稲盛和夫さんがJALを見事に再生させた事は記憶に新しいが、『盛和塾』(昨年9月号)に興味深い記事があった。表で語る時は、再建のキーは「フィロソフィーの徹底」と「アメーバ経営」だといっているが、七千名余の塾生の献身的な協力と、もうひとつ、もっとも重要なことは「ナンマン・ナンマン・ありがとう」と常に唱えていたことだという。批判を受けるので、外ではこれは語れない。
 「ナンマン」というのは「南無阿弥陀仏」の省略形で、小学校に上がった頃父親に連れられて浄土真宗の隠れ念仏のお寺を訪ね、お坊さんから常に唱えるように授かった。稲盛さんは、臨済宗で得度され、僧侶なのだが、それ以来今日まで、このマントラ(神秘な力をもつ文句。真言)を唱えることが習慣化しているという。
マントラを唱え続けると、人は精神が安定し、人生が開ける。稲盛さんのこのコメントは、とても正直に本音を語っていると思う。マントラは「南無阿弥陀仏」でも「南無妙法蓮華経」でも「アーメン」でも、力のある言葉だったら何でもいい。おそらく宗教は関係なく、もっと生理的な作用があるのではないかと推定している。
こういう怪しい事で結構人生が決まる。理性だけで生きている人は、誠にお気の毒に思える。』

というわけで、京セラ創業者でありJALを見事に再生させた日本屈指の経営者の1人である稲盛さんは、フィロソフィーの徹底やアメーバ経営に加え、一見妖しい非科学的なマントラを唱えるという手法が再建できた要因ではないかと回想されているのです。
これはまさにホリスティック教育を実践して結果を出された経営者の代表なのではないでしょうか。
ワタスも科学的にスキルを修得することはもちろんとても大事なことなので、その部分をブラッシュアップすることはもちろんなのですが、かといって常に理性的に教育というものを捉えるだけではなく、また小手先のテクニックや売上偏重のスキルを教えるだけでもなく、社員の人間力を引き出し、運を引き寄せ、そしてお客様や社員を癒したり元気にしたりすることも目指す領域だと捉え、これからも様々な領域の教育手法を摂りいれていきたいと思います。
今当社は2014年の新卒採用を予定しております。出来上がった優良安定大企業ではなく、妖しくても面白そうで可能性溢れた会社で働いてみたいと思ってる奇特な学生さんは是非こちらからエントリーしてください→http://www.holos.jp/recruit/
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巳年。巳(蛇)に化身し100年続く会社を創るのだ(コラム堀井計の午睡更新しました)

1月5日
今さらですが今年は巳年。
「巳」(み、し)という字は、胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚めて地上にはい出す姿を表しているとも言われ、「起こる、始まる」などの意味があります。
また、蛇は脱皮をすることから「復活と再生」を連想させ、餌を食べなくても長く生きることから「神の使い」として崇められたり、「家の守り神」としても重宝がられています。
で、そろそろお正月のテレビ番組も飽きてきた頃でしょうから暇つぶしに私の幼少時代の蛇の思い出話でも聞いていただきたいと思います(え?どうでもいい・・?)
この話はもう40年以上前の話です。
私が小学4年生まで住んでいた京都市内の家には蛇がたくさん生息していました。時代はまさに昭和30年半ば~40年半ばという高度経済成長期の真っ只中。
街は映画三丁目の夕日さながらの風景で、うちは醤油屋、右隣はパーマ屋で左隣は靴屋、向かいは玉子屋に魚屋で、表通り(千本通り)にはまだ路面電車が走っていたころですからその当時では都会の部類に入るでしょう。
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そこはいわゆる京都の鰻の寝床を改装した住居兼醤油工場で坪庭や屋根や時には家の中にまで蛇が入り込んでいることもありました。
何と言っても一番いたのは、→http://www.holos.jp/index.php?page=lifecolumn_list&menu_year=2013&menu_month=01&exptitlename=2013-01
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