震災から5年。その後の自分を振り返る。

今週は月曜京都火曜名古屋水曜から金曜までを東京で過ごし週末は鳥取にて元社員の結婚式と相も変わらず慌ただしい1週間でした。元社員の結婚披露宴には弊社関係者総勢16名がその祝福に鳥取まで押し掛け大騒ぎをしたので鳥取県人の方々にはかなり妖しい団体に写ったかもしれませんが、お祝いの席ということでどうかご容赦いただければ幸いです。

 

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ところで。

結婚披露宴に呼ばれるときは立場上主賓の挨拶を依頼されることが多く。なにせしょっぱなのスピーチなだけにそれなりに盛り上げ役として責任を感じながら挿入する話しに「三つの坂」の話しから急転直下笑いに移行するパターンが多いのですが(その中身は秘密・・)本日のコラム堀井計の午睡はその三つの坂の話しから始めることにしました。

人生には三つの坂がある。それは上り坂、下り坂、そして「まさか」。

人生にはイイ時もあればワルイ時もあり、ある日突然予期せぬことに遭遇することもある。得てしてその「まさか」は上り坂にいるときに向かえることが多いものだ。それは上り坂の時ほど油断、驕り、慢心の中にあり、下り坂の兆候に気付かないだけなのかもしれない。いずれにせよ、事前に心も体制も準備できていない時に突然襲いかかる「まさか」に対し、どう意思決定するかで社長の力量や運の強さが測られるのではないだろうか。

あの日、僕は東京駅近くのホテルにいた。重要な商談だった。上場企業の子会社の保険代理店を買わないかという話しがあり、その社長との面談。少し早い目に行っておこうと約束の30分前にそのラウンジに着いていた。席についたところで電話が鳴った。顧客の会員化サービスを進めている提携先の担当からだった。その電話の最中にホテル全体が揺れ出した。

「あ、地震ですね。」
「そうですね。」
「お、大きいですね。」
「な、永いですね・・」
「ちょ、ちょっと切りましょうか。」
「わ、わかりました!」

その後、そのホテルの中はパニックになり、揺れるたびに避難指示で何度も表にでては中に入った。そうこうしているうちに泊まる所も無くなり、交通手段は遮断され、結局そのホテルのロビーで朝を迎えることになった。もちろん待ち人は来なかった(来れなかった)

その後にロビーのテレビで見た光景は、僕の置かれた状況をはるかに超えた驚愕の有様だった。

あれから5年の歳月が流れた。僕が被災者の方々に直接できたことは義援金と物資を送ったくらいで直接被災地に赴きボランティア活動や救済活動をしたこともない。当時も今も少し後ろめたい想いもある。当時僕の書いたコラムを読み返してみた。

「今世界が日本に注目しています。メディアを通して日本人や日本企業の一挙一投足に注目しています。
経済活動をしている私たち、特に経営者はその事業に邁進し、少なくとも被害に遭われ経済的ダメージを受けられた個人や企業の分まで、元気さを失わず今の事業に邁進することが復興支援に繋がることではないでしょうか?

続きは➟http://www.holos.jp/holostyle/?t=1258

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