3月1日
2014年もあれよあれよと言う間に2か月が経過し気が付けば3月1日になっていることに愕然茫然左卜全(ひだりぼくぜん)としていてもうこれ以上時がたつのはやめてけれやめてけれやめてけ~れゲバゲバと口ずさんでしまった老人と子供のポルカ@堀井ですこんばんわ(若者にはまったく理解不能・・)
ところで。
先日久しぶりにスーパー銭湯に行きました。ワタスは少しぬるめの露天風呂に浸かりながらボーっとマンウォッチングをするのが趣味なのですが(え?悪い?)
当り前ですがそこでは全員が裸です。そう、裸だとナニモノかがほぼわからなくなります。このヒトはいくつくらいで職業が何で地位や肩書が何で家族は何人で趣味は何で悩みは何で夢は何か。こんなことを想像してみるのです。あ、もちろんそれが当たっているかどうかをわざわざ確認するわけではありません。そんなことを想いながらつくづくヒトは髪型や服装含めた顔、体型姿勢等外見で評価されるもんだと再認識するのです。
またその反面。
裸という生まれたままの素の状態で付き合える関係を大事にしたいとも思うのです。よく大手企業を退職したエライさんが肩書きが無くなった途端にヒトが離れて行って孤独感を味わう話しを聞きまよね。肩書きや地位が無くなってもずっと付き合いたいと思えるヒトとそうでないヒトとは何が違うのでしょうか。
威張ってる上司・怒鳴っている上司・命令している上司・愚痴ってる上司・自己ちゅうな上司・いつまでも許さない上司・お金にセコイ上司・話してても面白くない上司・・・
いつからかヒトは裸では生きられなくなります。パンツをはいて服を着ます。社会の中で様々なペルソナ(仮面)をかぶりながら戦闘服に身を包み、肩書きに応じた言動や態度を身に着けながら重く重くなっていくのです。この不自由なままの状態で逝ってはいけません。このまま逝っちまったら重たくて下に下に沈んでいくからです。ペルソナ(仮面)をはずし、地位や肩書や見栄やプライドを脱ぎ捨てて軽~い状態に戻していくのです。軽くならないと逝ってから上に上に浮かんでいかないのです。執着を捨ててなんにも無くなっても孤独感を味わうことなく充実した毎日を過ごしていける活き方を心がけたいものですね。親からの自由。学校からの自由。会社からの自由。経済からの自由。社会からの自由。精神からの自由。肉体からの自由。
成長とは自由に向かっていくプロセスのことを指すのではないのでしょうか。そう捉えるとこの歳になってもまだまだ成長の余地がありそうで希望が湧いてきます。
ということで。
ワタスは2か月経過したところで「今年やるべき100のリスト」の名称を「今年叶えたい100の夢リスト」に変更しました。中味は変えてませんがタイトルを変更しただけで少し気持ちが軽くなったような気がします。あなたも夢を重たい目標として捉えるのではなく、ちょっと意識したら達成可能な軽~い目標でも夢と捉えてやってみてはいかがでしょうか。まだ今年は10か月も残っているのですから。