原点回帰。山鉾巡行でフラッシュバックした起業当時の思い出。

7月17日
今日は祇園祭の山鉾巡行。京都の町中にはこの山や鉾の名前の町名がついているのですが。朝会社に行く手前、烏丸錦小路の角を信号待ちしていると西から山が巡行してきて、その先頭のヒトが「山伏山」の幟を掲げていました。
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山伏山。山伏山町。
実は今から12年前、某保険会社の支社長を辞して起業したとき、初めてオフィスを構えた場所がこの山伏山町でした。それまでは京都市内の一等地のそれはそれは立派な某都銀のビルでまがりなりにも個室に入っていましたのでこの山伏山町の古ぼけたビルの8坪くらいのオフィスを借りた時は、果たしてこの選択は正しかったんだろうかといささか不安に駆られたことを思い出しました。
よくワタスの起業当時のことを自分の支社のメンバーを引き連れて独立したと思われるのですが、事実ではありません。辞意を表明した時は誰にも相談せず、もちろん誰も誘うことなく独立をしました(辞めることが決まって何をするのかと聞かれて説明してからいずれ一緒に仕事をしたいというヒトが集まり始めました)
そのビルには1年程しかいなかったのですが、トイレは和式、なぜか暖房設備が無く冬は自前の石油ストーブを焚いていました。またこの1年は月~金は東京のマーケティング会社と出版会社の営業担当役員として出稼ぎ?に行っており、ほぼ京都にはおらず、電話番兼保全業務をアシスタントに任せきりでした。金曜の終電で京都に帰り、週末に本格的な代理店準備を進め、日曜の終電で東京に行くという生活。休みなしのワタスにとっては肉体的に最もヘヴィーな1年だったかもしれません。
ただ、この1年で、今のビジネスモデルのイメージをほぼ固めました。もしいきなり起業して代理店経営に乗り出していたら、恐らくどこにでもある普通の保険代理店にしかなっていなかったと思います。
過去の持ちモノ、中途半端な地位や肩書、それなりの収入を自らの意志で捨て、一旦人間関係や住むトコロも変えることで私の人生は大きく変わりました。
特殊なフルコミの保険営業の世界から、一般的な組織の全く異業種のマーケティングや販促、出版、教育等に実務で携わり、今までにない人脈を東京で作り、客観的俯瞰的に保険業界を見据えながらこれからの在り方ややり方を固められた貴重な準備期間をこの山伏山町で過ごしたのです。
そしてその後、満を持して本格展開するためにこのオフィスから橋弁慶山がある橋弁慶町のビルに引っ越し。広さも8坪から30坪くらいになり、トイレもウォシュレットこそ無かったものの洋式になり、ロケーションも少し大通りに近づきました。
このビルでは同じビル内で3回も移動することになります。広さを急拡張から急縮小へ。経営することの怖さを体験し自身の不甲斐なさを痛感しました。振り返れば精神的には最もヘヴィーでしたが人間的には最も成長できた数年間だったような気がします。
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橋弁慶編に続く。

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