2500人を看取った医師曰く。「人は生きてきたように死んでいく」

6月17日
今朝は一昨晩からの断食を終え36時間ぶりにお粥をいただいて。
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とてもとても美味しかったのですが。
短時間とはいえ極端にお腹を空かすことで「食べる」ことの有難さを改めて感じることができました。
このありがたい、有り難い、有るのが難しいという言葉の語源を辿ると、法句経という経典にその起源を見つけることが出来ます。
「人の生を享くるは難く やがて死すべきもの今いのちあるは 有り難し」
人はやがて死んでいくのだから、今いのちがあること自体が奇跡のようなことなのだ、という意味になるのでしょう。
そう考えてみると、例えば食べることもそうですが、目の前に仕事があること、週末に気の置けない友達と遊ぶこと、たまには家族と旅行に行くこと、そして日々夜寝て朝気持ちよく目覚めること、こんな日常の当り前も実は当り前ではなく、有り難いことだということですね。
ところで、断食中に一冊の本を読みました。
『ホスピスという場で2500名の患者さんを看取った。その経験を通して、
「人は生きてきたように死んでいく」
と思った。不平不満を言いながら生きてきた人は不平不満を言いながら死んでいく。周りに感謝して生きてきた人はわれわれスタッフに感謝しながら死んでいく。これまでの生き方が、末期に濃縮する形で現れるのである。
よき死を死すためには、よき生を生きる必要がある。』

これは、1973年に淀川キリスト病院で日本初のホスピスプログラムを開始し、それ以来述べ2500人の患者さんを看取ってきた日本ホスピス界の草分け柏木哲夫氏の著書。
『「死にざま」こそ人生~ありがとうと言って逝くための10のヒント~』(朝日新聞出版)の文頭からの抜粋です。
                
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たくさんの死の現場に立ち会われてきた著者の体験談は、ホスピスが薬や治療でただ痛みを取り除くだけでなく、医師や看護師がチーム一丸となり、コミュニケーションスキルを駆使し、根底に流れるホスピタリティの力でいかに安らかに逝き、いかに安らかに看取るかという使命感とその行動に心が打たれます。
ワタスが10のヒントの中で最も感銘を受けたのは「その7・緩和ケアとユーモア」という章。
著者はユーモアとは愛と思いやりであり、人間は死が近いにもかかわらず笑うことができる存在だと言及されており、文字通りユーモアが緩和ケアに繋がったという症例をいくつも掲載されていて。
死が迫っている患者、看取る家族、ケアする医師や看護師のカタガタが、ともすれば重苦しくやるせない空間の中、それぞれの立場でユーモアシップを発揮されるやり取りを読むことで、ホスピスに関わらず、いかに人と人とが触れ合う空間でユーモアが大切かを再認識できました。
「ユーモアは人間だけに与えられた、神的といってもいいほどの崇高な能力である」
これは著名な精神科医V.フランクルが残した有名な言葉ですが、当社のビジネススタイルを「ユーモアビズ」としたことはまさに我が意を得たりと思った次第です。
詳細にご興味あるヒトは是非購入してみてください。自身がこれからどう生きることが、どう悔いなく逝くことに繋がるかのヒントになるはずです。
そして読了後改めて感じたことは。
ワタスは医療の現場にこそいませんが、人の死というもの、遺族の悲しみという場に関与する仕事をしています。保険金は経済的不安を取り除くある意味金銭的対症療法ですが、逝く人や遺された人の惜別の思いを完全に取り除くことは保険商品だけでは不可能だと思っています。つまりそれはホスピスが化学的療法で痛みを止めることだけがシゴトではないのと同様ではないかと。
ワタシタチの存在価値はただご遺族に保険金を支払って完結するのではなく、エージェントやプランナーという存在が金銭以外の安心をも提供し、遺された遺族の支えにも役に立てるサポートやホスピタリティを発揮することが使命ではないのかと再認識したわけです。
「ありがとう」と言って逝くために。
残された人生、ワタスも日々有り難い1日に感謝して、日々有り難い出会いに感謝して活きて行こうと思います。
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     柏木先生にアポを取って対談を企てる動物占いチータ野郎に呆れたカタは↓
                   
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