8月14日
はっきり言ってワタスは捨てることがヘタクソです。
デスク周りの書類はあるときはスカイツリーのように高く積まれ、ある時は白山連峰のように幅広く連なります。
白山連峰・・・
そもそも入ってくる情報量が多いこともあるのでしょうが「後でゆっくり見よう」とか「これは役に立つかもしれないので暫く置いておこう」という情報がどんどん溜まっていくタイプ。
でも結局は見ないものが圧倒的に多いんですよね。
これを日々や週のルーティンで処理できればいいのですが、ここ何年も半年に1回、お盆前後と年末にまとめて捨てるという作業を繰り返しています。
で、今日の午前中は「捨てる日」と予定しておりました。
一応すべて目を通してから、そのほとんどがシュレッダーかゴミ箱行き。
そこは結構思い切りよく、というか半年寝かせて見ないモノはまず見ないと思えるのでほとんど躊躇はありません。
以前「捨てる技術」という本が出版されてましたが、こと書類整理にかけてはワタスの場合、技術という領域のものはほとんどなく、ただ勇気を持って捨てるだけ。1割くらいの保管しておきたい書類だけ予めカテゴリー分けしてあるボックスに収納していきます。
結局都合5時間くらいかかりましたが随分スッキリしました。
ヒトって手に入れた時や使っている時は気持ちイイモノですが、あるのに活用せず溜まってしまうと気持ち悪くなるものです。
そう、活用せずに(されずに)溜めることほどもったいないことは無い。
水も溜まると腐ります。組織も溜めると腐ります。ポストや職務やビジネスモデルも常に変化に対応しながら流れる状態、即ち陳腐化したものを捨てながら新しいものチャレンジしていかなければ気持ちやスキルも腐っていくのではないでしょうか。
活用されずにただ溜まるくらいなら捨てて(捨てられて)、リサイクル、リスタートするほうがお互いのためというものです。
また、「捨てる」ことは、「心」の問題を解決することでもあります。
「捨てられないモノには、過去や未来の自分が投影されている」と言います。
思い入れがあって捨てられないのは、過去の自分に囚われているから。
いつか使うからと思って捨てられないのは、未来の自分に過度な期待をしているから。
過去や未来に思考を向けるより、それをスパッと捨てて「今」の自分に意識を集中し行動することでブレークスルーは起こるのではないでしょうか。
いずれにしても「捨てる」ときは愛と感謝の気持ちを持って捨てることが大切ですね。
捨てる(捨てていった)神あれば拾う神あり。
諺の意味とは少し違うかもしれませんが、捨てた紙にも神さまがいる。捨てたモノ、捨てられたヒトも神さまと思って感謝することでまた手に入る、来てくれる神さまが現れるのだと思います。
ヒールの高いクツだけは捨てられないチビッコ社長に嘲笑の↓を
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