坪庭。念を込めればあらゆるものがその答えを教えてくれる。

『自戒の念を込めて』
1人でやってる気になるなよ
今僕がいるのは
常にみんなのサポートがあってこそ
こうやって仕事が出来ているのは
先人や先輩の努力があってこそ
また、同僚や後輩がたくさんの仕事をしてくれてるからこそ
自惚れるなよ
1人じゃなんも出来ないんだから
誰もやりたく無い仕事に、愚痴も言わずに取り組んでる方々が、回り回って僕たちを支えてくれているんだ
最近、忙しくて感謝の気持ちを忘れかけていた自分に大反省
明日から感謝の気持ちと、気持ちの良い挨拶を実践していこう

これは昨日弊社の某F部長がfacebookにアップしていた記事(ワタスじゃなく)。一体彼に何があったのだろうと気になった。その彼は今20人の部下を率いる若手の出世頭で優秀だけどKYな男、もといちょっとKYだけど優秀な男だ(どちらが後ろにくるかで評価は全く違います)

ワタスにも心当たりはある。売上げを作り利益を叩き出すミッションを背負うオフェンス系の営業部隊でシゴトをしていると、それも予算達成のためにヒッシのパッチでシゴトしていればしているほど、周りの事務系スタッフのシゴトが止まって見えてしまう。事務系だけでなく他の営業や上司のシゴトぶりすらスローモーションに見え、「みんなやる気あるのかよ」と思ってしまうのだ。

よく自分で修正したなと思った(エライ)アウトプット(facebookに書くこと)することで心の整理と対象者への配慮が伝わってくる。ボクもかつて同じような感情体験をし、それをコラムに表現したことがあったことを想い出し、そのコンテンツをバックナンバーから探したら見つかった。実に8年前の記事だ。せっかくなのでアップしよう。もしよかったら読んでみてください(長文です・・)

『お花見を兼ねて先日訪れた京都の高台寺近くのお料理屋。そこにある坪庭を見たとたん、その昔住んでいた家のこと、そのあるシーンを鮮明に思い出しました。その家にも坪庭がありました。

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昔から町家に暮らす人々は差し込む陽の光、石を濡らす雨や雪、風とともに揺らぐ草木の様など、坪庭が見せる表情の一つひとつから四季の移り変わりを敏感に感じ取っていたといいます。実はその粋な侘び寂びを味わうこととは別に、坪庭には古人によって考え抜かれた住みにくい住環境を解消する素晴らしい「機能」があります。

間口が狭く奥行きが長い、所謂「ウナギの寝床」といわれる町家の中は、外からの光が入らず暗い。そして盆地で暑い京都の夏は更に風通しが悪く蒸し暑い。細長い家の中ほどに庭を創ることで、光を取り込み、暑い夏にはそこに水を打つことで気化熱を発生させ、家の中に風を起こします。恐らく坪庭に石を多用しているのはその為でもあるのでしょう。(なんて科学的)

家はその古い町家(当時で築100年くらい)を改造した住居兼会社(醤油加工業)でした。

表は一斗缶を梱包する作業場。

真中と二階が住居。

細い通路の奥には醤油を貯蔵する大きな樽とボイラー、かき混ぜるタンクなどからなる工場。

その住居と工場を繋ぐ細い通路の横に坪庭がありました。

またトイレは一旦住居を出てその坪庭を通り抜けた工場近くにあります。

とにかく古い家でしたのでネズミもいればなぜかヘビも結構生息し、特にヒトより大きい樽が並ぶ薄暗い工場は子供にとっては恐怖の場所。

夜トイレに行きたくなったときは一大決心がいります。

ある夏の夜、小学生の私はトイレが行きたくなって目が覚めました。

そして恐々一階に降り、真っ暗な通路を走り抜けようとしたとき・・・

そこに飛込んできた光景は。

「雪や。夏やのに庭に雪積もってるやん!」

と、恐いやらびっくりやらで慌てて二階に駆け上がり、寝ている父親を起こして、

「お父ちゃん、外にユ、ユキ、雪積もってるで!」

と、訴えました。当時あまり父親と喋ることのない子供がわざわざ叩き起こしたのですから余程驚いたのでしょう。

「夏に雪降るわけないやろ。なに寝ぼけてんにゃ・・」

そう思うのは無理ありません。夜中に起こされて不機嫌に階下に降り、その坪庭を見た父親の言葉は、

「ホ、ホンマやな・・・」

びっくりした父の言葉を今でも鮮明に覚えています。そして、勝ち誇った私は坪庭に入り、その雪を取りに行きました。坪庭には灯篭や蹲(つくばい)、手水鉢(ちょうずばち)があります。その石に積もった雪を掴もうとした瞬間、

「な、ない。これ雪ちゃうわ。」

父親も見て信じた雪の正体は、なんと「月明かり」でした。月の明かりが石を光らせ、それが雪に見えたのです。もう40年以上前の話です。もし今この歳でその幻想的な光景を見たらさぞかし感動したことでしょうね。

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古(いにしえ)の京の町家に不可欠だった「坪庭」。そこに暮らすヒトタチの心を癒し、更に居心地を良くするための重要な「機能」を担う大切な存在。

ここで私のワープした過去の回想シーンは「今」に引き戻されます。

組織にも「坪庭」の存在が不可欠であり、実はその存在がいるにもかかわらず気づいていないのではないか。(評価していない)

決して表からは見えず目立つ存在ではないけれど。その存在に癒されたり心が和んだりして。でもしっかり組織には欠かせない機能を果たしてくれている。

そんな坪庭のような組織の裏方を担うヒトタチに感謝を忘れてはいけない。

企業は業務の効率化を推進しながら利益の極大化を目指す。これは経営者にとっての間違いない使命です。

これを町家に当てはめると「坪庭」を風情の側面しか捉え切れなければ必要がなくなります。事実、家の坪庭は業務上意味をなさないことで取り壊されて在庫置き場に変わりました。そして程なく会社は衰退し、社員はリストラ。醤油屋は廃業し、後に残った長男はやむなく道楽の延長で業態変更。外車のディーラーを始めることになります。(この話はまたの機会に)

光をあててくれる。
風を起こしてくれる。
疲れた心身を癒してくれる。

そんな存在に気がつけば一見無駄と思えるモノが実は大切な存在だったことがわかります。外部のコンサルタントなら机上で合理性を判断するのはやむを得ませんが組織の中で経営を司るならあらゆる存在に配慮が必要です。

HOLOSを創る10の価値感(ステートメント)の一つが出来ました。
「あらゆる価値感を認め、全体最適を目指す。それがチームHOLOS。」

4月。
起業8年目に突入し。
坪庭に感謝。
改めて皆さんに感謝。

http://kei-horii.seesaa.net/article/92463759.html)』

あらゆる価値感を認め、全体最適を目指す。チームHOLOSに参画したい方は是非こちらから。固定給型将来設計士と完全歩合型将来設計士を全力で募集しております→http://www.holos.jp/employ/orientation-session.html

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