憂鬱でなければ落語じゃない

7月21日
今日のブログタイトルはご存じベストセラー藤田晋氏と見城徹氏の共著「憂鬱でなければ仕事じゃない」のパクリ。
実は本日18時より当社イベントスペースLAC-座にて3回目の高座に上がります。
普段能天気に活きてるように見られがちなワタスですが一応これでも3社の経営をマネジメントしている立場にありますのでもちろんシゴトでも憂鬱な時はあります。
ただシゴトでは立場上トップが弱音を吐いたりすると士気も下がるし、不平不満愚痴悪口泣き言文句などは運気も下げるので極力口に出さないようにしておりますので傍目にはわからないのではないかと思うわけです。
また、小さな憂鬱を放置していると知らない間に大きな憂鬱に育ってしまい、その憂鬱を晴らすのに大きなエネルギーがいることになりますので、できるだけ憂鬱は小さなうちに晴らすよう意識して処理することが肝要ではないかとも思うわけです。
でもこれがシゴトではなく落語となりますと話が少し違います。
講演で好き勝手にしゃべったり、研修でテキストをベースに進行するのとは違って、ネタは基本丸暗記しなければなりません。まず丸暗記したうえで登場人物になりきるために声を変えたり手振り身振りの演技をつける。
更にマクラと言われるネタに入る前のいわゆるアイスブレイクを考えないといけません。
「ちゃんと間違わんと噺せるやろか」「途中で詰まったり飛んだりしたらどうしよ」とか「ここでちゃんとウケるやろか」「滑ったらどうしよ」とか考えてるとどうしても憂鬱になってしまいます。
結局その憂鬱を解消するには行動に移す、即ち本番に向け練習するしかないんですけどね。
まぁ、自らやると決めて誰にも強制されずにやってる訳ですから、そんなに憂鬱ならやめたらえーやんということではあるわけですが、それはそれでもうちょっと芸を追求したい欲もあったり。
何より見に来ていただくお年寄りのカタガタがワタスの噺でも思い切り笑ってくださることでこちらもとても幸せな気持ちになるのがとても嬉しいのです。
結局のところシゴトでも落語でも何でやっているのかというと。
未経験な領域にチャレンジし、前進していくことで自己成長を実感することと。
何がしかのお客様の役に立ち、結果笑顔を創造することにやりがいを感じるということなのでしょう。
そのためにはお二人のカリスマが言われるように「憂鬱」な状態を否定するのではなく、その心の状態の自分を肯定し、愉しみながら乗り越えていくことで人生は更に好転していくということなのではないかと思うわけです。
え?こんなブログ書く時間があったら手を抜かずに練習せいって?
いつも詰めが甘いからオチも甘いんやって?
因みに今日はぜんざい屋さんがもし国営になったら?という噺なのですがそのぜんざいが甘いかどうかは聞いてのお愉しみです(お後がよろしいようで・・・)
                  写真 12-05-26 14 17 29.jpg
             ぜんざい屋さんが国営になるとどうなるか聞きたいヒトは↓
                 
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