早や3月。不安から安心へ、野心から社会的使命に。
早や3月。不安から安心へ、野心から社会的使命に。

今週のサマリー

今週前半は入社面接が6人、後半はハッピーリタイアメントした将来設計士の慰労会と社内研修で熊本オフィスに行き、一旦京都に戻ってから踵を返すように某大手保険会社の新任支社長研修で東京に行き、そのまま延長線で前週に引き続き土曜日に某コンサルティングファームのコンサルタント向け研修とここ最近研修とか講演の頻度が増えていて更に夜は慰労会や快気祝いや懇親会と自分の本業は経営者なのか研修講師なのか人事担当なのか営業マンなのかよくわからない数年前からゴルフ100切り宣言したもののここ暫くは練習すら行けず早や暗雲が立ち込めているホロスの代表取締られ役便利屋社長@ケーホリーですこんにちわ。

ところで。

早いもので2019年も3月に突入しました。3月と言えばいわゆる卒業のシーズンですね。4月1日から新しいスタートを切られる方も結構いらっしゃるんじゃないですかね。

3月の思い出

不肖ワタスの3月の思い出があるとすれば2つです。

1つは28年前、保険業界に足を踏み入れて営業を開始した月が3月。もう1つはその保険会社を辞したのが18年前の3月です。

1つ目の話しですが、新卒で入社した会社では営業というものをしたことがありませんでした。むしろ営業をしたくないので決めた会社で大手流通業のスポーツ用品部門、スキー用品のバイヤーをしていました。売るのではなく買う仕事ですね。それが縁あって生命保険会社の営業職、それもフルコミッション(完全歩合制)の保険営業の世界に飛び込んだのが今から28年前、1991年の2月。

1か月の研修を経て無事試験に合格し、保険営業マンとしてスタートを切った記念すべき月が3月なのです。

「営業開始ひと月で30件の契約をいただいたら特別に表彰してあげるよ。うちの支社ではまだ誰もやった人がいないんだよ。」

当時の支社長から言われました。それがどれだけ大変なことかはあまりピンをきませんでしたが、最初から「無理です」とか「やりたくないです」とも言えませんでしたので、「がんばります!」的な返答で準備に入りました。元々入社時にプロスペクトという会ってくれそうな人をリストアップしていましたので、そこに片っ端から電話をかけてアポを取り、会っては保険の話しを聞いてもらうという連続で、夜中に保険設計をしながらもちろん休みなしで働き続け、結果目標通り30件の契約をいただくことができました。営業経験もない若造(当時32歳)が新記録を作れたのはベースマーケット(昔からの友人知人)が機能したこと(嫌われていなかった)と、ただ我武者羅に動きまくったことです。

うっすらと記憶している当時の表彰コメントは、「契約をいただけた分、見込み客が減ってしまったのでこれからが不安で仕方ありません。」でした。

ワタスはこの「不安感」をエネルギーにしてそれからの1年間、ただ我武者羅に動きまくり、その間に有った2回のコンテストにも最高ランクで入賞し、ルーキー表彰を通り越して1年が終わった時にはMDRT基準をクリアし、海外表彰される社長杯に入賞していました。

不安をエネルギーに

その後ワタスはマネージャー職に職種変更をしたのですが、この会社は営業所長でも支社長でもフルコミッション(完全歩合)でしたので、基本退職をするまでの10年間は常に不安をエネルギーにして働いていたような気がします。

営業職として業績を向上する方程式は「面談数×成約率」です。もちろんどちらも両輪ですが「面談数」は自らの意思で活動量をキープすることが必要な分、ここが足りなくて業績を出せない人が圧倒的に多いのではないでしょうか。また、ワタスの場合、食えなくなるのではという不安感で乗り越えましたが果たしてそれは健全な行為だったのでしょうか。

どう考えても健全とはいえません(笑)

本来は仕事に対する使命感や顧客に対する貢献感や自己目標への達成感や仕事そのものへのワクワク感をモチベーションにしてどんどん見込み客に会うというのが理想でしょう。ワタスも不安感はベースにあったものの徐々に使命感や顧客から感謝されたときの有能感が醸成されていくと同時に、人に会う「数」が業績を決めていくということを身に染みて分かるようになりました。これはマネージャーとしてリクルートをしていた時も同様で、候補者に会う数が極めて大事なのです。

元々ワタスは人より長く働いて実績を上げることしかできなかったのですが、これはマネージャー職になってからも同様で長く働いて多くの人に会うことで実績を積み上げていきました。

そして。

2001年3月末付けにて10年と2か月在職した会社を辞したのです。その後は経営者として現在に至るのですが。

経営者になって不安感はどうなったかと言えば。

もちろん無くなりません(笑)むしろ強くなったと言っても過言ではありません。フルコミッション(完全歩合)の世界は自分と家族の生活させ確保すれば何とかなるレベルの不安ですが、経営者になると社員やその家族の生活まで確保しなければならないという責任が付加される分、不安感が増すのでしょう。

普段はあまり話すことはありませんが、この18年でヘタすれば潰れると思ったことは一度や二度ではありません。もちろんそうならないように資金調達に奔走したり自分の報酬をカットしたりしながら凌いできました。いつもはヘラヘラしていますが実は結構不安と隣り合わせで経営をしているのですよ(笑)その時々の感情を理解できるのは同じ想いをしてきたオーナー経営者くらいかもしれませんね。

不安から安心をエネルギーに

この28年を振り返るとワタスは不安を一番のエネルギーに変えてきたように思います。では不安感は成功するために不可欠な要素なのでしょうか。

確かに短期的なモチベーションになることは間違いありません。今般の保険業界のバレンタインショック(節税商品売止め)で不安感を募らせている募集人や代理店もその不安を解消するために、何らかのアクションを速やかに取るべきでしょう。

そもそも人間は太古の昔には獣の餌であったことが遺伝子レベルで残っていて、死の恐怖心、トラウマが潜在意識の中にあると言います。お金(生活)に対する不安は死へと直結しますから完全にこの不安感を消滅させることは難しいでしょう。

でもしかし。

長期間不安感をエネルギーにして闘う人生はあまり倖せとは思えないのはワタスだけでしょうか。もちろんヒトは新たに何かに挑戦するときには目標とか野心があるものです。そしてその裏側にあるのが「俺にできるだろうか」という不安感です。それはある意味何かコトを始める時には重要なマインドだと思ののです。そのマインドはワタスにもありました。

でもそれをどこかで、その野心を社会的使命に昇華できる人が成功するのではないでしょうか。

ワタスも例外ではありません。そしてその社会的使命をもっと広げようと起業に踏み切り、組織を大きくしようと思ったのですよ。

社員に組織に属する価値を感じてもらうには、何をしても許される安心や安全を提供することではないでしょうか。少なくとも最低限の生活が保障されたうえで、その環境の中で自分のやりたいこと、できること、そして会社や社会から求められていることを思い切って突き進める環境を提供できる組織にいたほうが、より健全でやりがいを持ち、結果生産性が上がるように思うのです。まだまだ弊社は発展途上で改善余地はたくさんありますので、課題意識を持ちながら成長していく必要性を痛感しています。

また、弊社の主要事業は個人や企業に「安心」を提供する保険事業です。もうこれで自分に何があっても家族が困らない、社員が路頭に迷わない、だから安心して思い切り働ける、という状態を作り出すことが使命です。その安心を提供する提供者が常に不安と隣り合わせに仕事をしているのはどうかと思うのですよ(笑)

まとめ

3月は卒業のシーズン。新社会人もいれば転職をする人もいれば人事異動で転勤をされていく人たちが多い季節です。因みに卒業式のことを英語でコメンスメントと言います。

コメンスメント(Commencement)とは、本来の意味は「始まり」。

弊社にも新たに移動が発令される社員もいれば残念ながら転職していく社員もいます。新卒入社は今年はいませんが転職で迎え入れる社員もいます。今まで関わってきたすべての人たちに、そして新たに仲間になる人たちの、新たな旅たち、コメンスメントに心からおめでとうと言わせていただきます。

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