敬老の日廃止論

9月20日
今日は敬老の日。
一昨日からホリーマンブラザーズ2号(双子の息子)が愛娘心陽(みお)ちゃんに会いに東京から帰ってきています。
「おい、明日は敬老の日なんやからおじいさん(ワタシのこと)に祝いせなあかんぞちっ(怒った顔)
「へっ?孫ができたら敬老の日で祝いせなあかんの?」
「・・・」
てことで敬老の日に祝われるヒトの定義がわからず熱い議論が交わされることに(お金貰いたいヒトと払いたくないヒトで・・)
どうやら地元の町内では町会費からお祝いを受け取るヒトは65歳以上のお年寄りだそうで(少し前は60歳以上だったのが変更されたらしい)
孫がいるからお祝いを貰おうと思うのはあつかましすぎたようです。
それにしても我が国は(タイと違うで~)
総務省発表の日本の高齢化人口では65歳以上の高齢者は前年比46万人増の2944万人、総人口に占める割合で23.1%と過去最高値を更新し。
男女別では女性25.8%と4人に一人、男性で20.3%で5人に一人が65歳以上という恐るべき高齢化社会を向かえています。
このままでは周知の通り若者が高齢者を支える社会保障制度の構造は破綻せざる得ません。
ではどうすればいいのか?
国が悪い、政治が悪いというのは簡単ですが、それだけで解決に向かう訳もなく。
では主体的に解決するにはすればどうすればいいのか?
今の年齢によりますが。
まだ若い世代は国や所属する企業に頼らなくても生きていけるライフプランを立て、しっかり自己責任で資産形成をしていくこと。
そのためには自ら金融リテラシーを磨くことや頼れる専門家(フィナンシャルプランナー)を身近に置くことで若ければ若いほど可能性が上がります。
ただ、お金に働いてもらうという金持ち父さん的発想も確かに必要ですが、個人的にはまずは本業で、目の前にある仕事でせめて10年は脇目も振らずに集中することを優先してほしいと思います。
その方が、お金に働かせる知恵よりももっと大切な人生そのものの法則やかけがえの無い人脈ができると思います。
そして、人生の諸先輩から様々なことを学び。
敬老の精神(年長者は敬う気持ち)を身につけてほしい。
馬の赤ちゃんは生まれてすぐに自分で立ち上がります。
鯨の赤ちゃんも生まれてすぐにお母さんの乳首めがけて自ら泳ぎます。
人間の赤ちゃんは何もできずにただ泣いているだけです。
親がすべて面倒見なければ到底生きてはいけません。
親になって初めて子育ての大変さに気づき、親の有り難さを知ります。
そしてそろそろ親孝行をしようとした時に既に親はいなかったりもしてしまいます。

今自分があるのは親や親から遡るご先祖さまのお陰であり、様々な縁で出会った諸先輩のカタガタのお陰。
そんな気持ちをいつもみんなが持てるようになったら。
敬老の日なんていらないのではないでしょうか?
せめて敬老の日くらいお年寄りを敬おうというのではなく。
日々年長者に感謝と尊敬の念を持てる世の中にしようではありませんかパンチ
ではワタシのような?既にお年寄りのヒトタチはどうしたらいいのでしょうか?
昔とった杵柄ではなく、今の活きかたも輝いて魅力的で元気で。
「おいら~、まだまだ年寄りじゃね~から、祝いなんてよしてくれよ」
なんて言いながら若者に頼らず、逆に「こんな歳の取り方したいな~」って思われるヒトを目指して活きようではありませんか。
ま、しいて敬老の日を継続するとすれば100歳以上の大先輩を祝う日として定義付けするのはどうでしょうかね。
                  みお1ヶ月.jpg
      いくつになってもお小遣いが欲しい強欲社長にお仕置きのクリックを↓
                  人気ブログランキングへ

カテゴリー:日記のブログをもっと読む