目からウロコが落ちたら結果はどうなる?

7月24日
「目からウロコが落ちる」とは何かがきっかけになり急に視野が開けて物事の実態が理解できるようになること。
語源は新約聖書の「使徒行伝」9章18節に出てくる「サウロの目から、うろこのようなものが落ちて、元どおり見えるようになった」話に由来しているそうです。
ところで先日の札幌で行われた保代協オープンセミナーのパネルディスカッションで。
この10年で年商100億の保険代理店を創られた㈱LPHの今野社長が。
「損保代理店の皆さんはあまり考えられないんですよね。だから何も変わらないんです。」
と代理店経営者に向けて最後を厳しいメッセージでまとめられたのですが。
その実績に裏打ちされたメッセージが心に響いたのか、アンケートや懇親会では「目からウロコが落ちました」的な感想をたくさんいただきました。
実はワタシもたくさんの経営者への研修をさせていただく中で同じようなコメントをいただくことが結構あります。
そしてよくワタシも「目からウロコが落ちたらどうなるのか」と自戒を込めて考えるのですが。
先日、大前研一(botかも)さんのtwitterを見ていたらこんなつぶやきが。
「目からうろこが落ちました」と言う人が多いが、何もやらない人が大半だと思う。うろこが落ちただけでは不十分だ。スケジュールを作り、アクションを起こし、その効果が出てきたかどうかを評価する。個人がコントロールできる唯一のものは時間配分だ。その時間配分を変えない限り、人生は変わらない。
更に。
人間が変わる方法は3つしかない。1番目は時間配分を変える。2番目は住む場所を変える。3番目はつきあう人を変える。この3つの要素でしか人間は変わらない。最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ。
時間配分を変えることとは、出社時間を変えたり、睡眠時間を変えたり、新しいお客様に逢う時間を変えたり(多くする)、飲みに行く時間を変えたり(減らす)、企画や戦略を練る時間を変えたり、社員とコミュニケーションを取る時間を変えたりすること。
要するに「行動」を変えなければ「結果」は変わらないということですね。
講師やパネラーの役どころは所詮きっかけを与えるに過ぎず、結局本人の行動次第ということなのですが、逆を言えば行動を変えようと決意するくらいのきっかけを与えられなければ本物の講師やパネラーやコンサルタントとは言えないということでもあります。
大前研一曰くヒトは「目からウロコが落ちる」程度では変わらないのなら。
元々人間の目にはウロコなどないのですから、いっそのこと大きな衝撃を受けたときの表現を変えてみてもいいのかもしれません。
例えば。
「ヅラが頭から落ちる」とか・・
「いや~、先生の今日の話、感動しました!思わずヅラが頭から落ちましたよ!!」
(これはかなり衝撃かと)
「初ベッドインで電器を消す前に化粧が落ちる」とか・・
「先生、ワタシ本当に今日来てよかったですぅ。まるでシャワー浴びて化粧を落とした後に電器消し忘れてベッドに入ってたら彼が来て誰やお前?って言われたみたいな衝撃でした」
(詐欺で訴えられる場合もあるとかないとか)
少し脱線しましたが(だいぶやろがちっ(怒った顔)
今日一日PC叩きながら未来戦略を練っていて、「この絵に描いた餅を宣言し、実行しなければ経営者の価値ってないよな~」と思いながらの閑話休題でありました手(パー)
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