生命保険営業という職務に使命感を持った圭太は、かなり辛辣な見込み客からの断り文句にも微動だにすることはなかった。
「俺は保険なんて大嫌いなんや。話なんて聞きたくないから帰ってくれ!ここにあんたがおるだけで何か気分悪いわ。」
「社長。社長が保険が大嫌いなのはよくわかりました。すぐに失礼します。ただ私は私のお客さまが亡くなられ、残された奥様が経済的にも精神的にも途方に暮れられた時、私がお勧めした生命保険により、少なくともお金の心配はせずに一家が暮らしていけることに心から感謝していただいた体験を何度もさせていただいています。だから私はこの仕事を誇りをもってやらせていただいております。愛する家族に送る最後の贈り物を責任もって届けさて頂くことが私の使命と思ってこの仕事に取り組んでいるんです。」
「・・・・」
「社長、一つ最後に教えていただいてよろしいですか?」
「あ、ああ・・」
「社長は先ほど保険は大嫌いとおっしゃいましたが生命保険には加入されていらっしゃらないのでしょうか?」
「いや、少しは入ってるはずやけど・・・」
「ということは嫌いではあるけれど生命保険という商品の必要性は認識されているということでしょうか?」
「ま、まぁそういうことになるかな。」
「ひょっとしたら社長は保険そのものがお嫌いなわけではなく、今までの売り方や売りにきた営業マンがお嫌いなんじゃないですか?」
「そう言われればそうかもしれんなぁ。」
「ではもし私自身のことがお嫌いでなければ一度私の売り方や保険に対する考え方を聞いていただくお時間をいただく訳にはいかないでしょうか?」
「わかったわかった。君には負けた。久しぶりに真剣に仕事してる奴に出会ったわ。一度ゆっくり話し聞かせてもらうわ。」
「社長。ありがとうございます!」
仕事への使命感が顧客の心を変えた瞬間。そしてこのときから一生涯のお付き合いが始まった経営者が何人もできた。
使命感を持って仕事に臨むことは生命保険営業にかかわらずあらゆる仕事に必要なことだ。
世の中に価値のない仕事など本来存在しない。価値がないという負い目を自分の心が創り出しているだけだ。
圭太はもはや使命感を持っていることすら忘れてしまうくらいその思いが習慣化されていた。ともすれば「使命感」という言葉には少し悲壮感が漂う部分もある。圭太の日々の仕事に対する取り組み姿勢は次の領域に入ろうとしていた。
「次の領域」とは。
その行為そのものが「ただ愉しい」ということ。
「NO REASON」(理由なし)の状態。
成人以降、人生の大半を費やす行為、それは仕事。それを愉しんでやるかいやいややるかはその人の思い方次第。
転職を「天職」とするためには、とにかく目先の損得を考えず今に全力を注ぎ、お客さまの満足を提供することに集中する。すべての現実、結果を淡々と受け止め感謝する。その行動を繰り返していくと必ずお客さまからの感謝のメッセージがいつからか返りだす。ここから成功のサイクルが回りだし、すべての行為、出会い、結果が愉しみに包まれていく。
パシフィック生命に入社して早10年。「ただ愉しむ」という三段ロケットで大気圏を突破し、宇宙空間に飛び出した圭太は直感的に数々の成長機会を提供してくれたこの会社からの「卒業」を感じていた。
-続くー
能や歌舞伎などの稽古事で、物事を学んでいく、そして芸術表現をしていくための成長のステップとして「守・破・離」という言葉があります。
説明すると。
守:先生の教えを忠実に学び、基礎をつくる
破:先生の教えから発展し、自分独自の試み・発展をする
離:これまでの教えから離れ、新たな高みを構築する
こういうステップで成長していきましょう、というコンセプトのようです。
何事をするにも基礎は大事、そしてオリジナリティも大事。
非常に的を射たコンセプトだと思います。
しかし仕事の現場などではこれが結構うまくいかないケースもあるように思います。
たとえば、最初は成長への意欲があり、「守→破→離」のステップを踏んでいこうと思っていたとしても、業界の慣習に染まってしまったり、歳を取ったり、といった理由で現状に安住してしまう。知らず知らずのうちに一生「守」のままにとどまってしまうといったことが結構あるんじゃないかなと思います。
一方、基礎も型もなりふり構わず「これが私のやり方です」とふんぞり返るのも、これはこれで首をかしげるところもありますが。
「守・破・離」を実践するポイントは、それぞれの段階への”ペース配分”、そして内なる直感に耳を傾ける。
すると「そろそろ次のステップが近づいてきてるぞ」と感じるタイミングがあるかもしれません。
右往左往していたり、ひとつのところにとどまり続けるには、人生はあまりに短い。先人の知恵は忘れずにいつつ、常に前進していきたいものです。
みなさんは今「守」ですか?「破」ですか?それとも「離」?
一度現状の自分を棚卸してみるのも大切ですね。ひょっとして次のステップに差し掛かっているかもしれませんよ!
*上記コンテンツは2009年に上梓したものを多少手直しし、再掲しています
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