エッジ(縁)を効かせろ。体験学習は能力開発の1丁目1番地である
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先週のトピックス

先週は生涯初の体験をした。なんと睡眠薬をもられて昏睡状態にされたうえでケツから一物をぶち込まれるという耐え難い経験だ。ああ、もうこれで嫁には行けない・・...

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献本の連鎖。素直に実践した者に運の神様は味方する
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凄い展開

先週のブログで早稲田大学経営大学院教授杉浦正和氏の著書「幸運学」を紹介し、文末に、...

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記念月。若者たちよ、俺の肉を食らうネイティブ・アメリカンになれ。
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生命保険の日

その日にあった事実を決して忘れないようにしようと国やヒトは記念日を設ける。令和2年も早やひと月が経過し月日の速さに焦りを感じているヒトタチも多いのかもしれないが旧暦的にはまだ新年を向かえていない。

あまり知られてはいないかもしれないが、先週の1月31日は「生命保険の日」だった。これは「日本で生命保険の保険金が最初に支払われたことが新聞に報じられた日(1882年(明治15年)1月31日)」に基づいている。

因みに制定したのはMDRT日本会。11年前の2009年に「新聞に報じられたことから、世間の注目を引いた日で、お客様のために初心を忘れないようにと、この1月31日を『生命保険の日』としました。」とのこと。

この時のプレス・リリース資料によれば、「この日本最初の保険金は、1881年(明治14年)7月9日に日本で最初に設立された有限明治生命保険会社(現明治安田生命保険相互会社)によって、1882年(明治15年)1月27日に支払われている。さらに、この最初の保険金支払の対象になったのは警察関係の方で、支払った保険料が30円、遺族が受け取った保険金は1000円とのことで、当時の物価から推測すると、現在なら保険料10万円、保険金300万円程度の金額になる。」とのことである。当時は、生命保険を全く知らない人も多かったため、この記事が大きな衝撃をもって受けとめられたと言われている。

現在では日本は世界の保険大国になっているが、まさにこの時の新聞記事がその後の生命保険の普及の1つの契機になっていたということである。保険金が支払われたニュースで「私も入っておこう」と思ったヒトが本当に増えたかどうかはわからないが、「お客様のために初心を忘れないように」という意味では、保険募集人として初めて死亡保険金を支払ったことは今でも鮮明に覚えている。

使命感こそが志事の源

もう20数年前になるが、そのお客様は僕が保険募集人として紹介による契約をいただいた初めての方だった。全国展開する某居酒屋チェーンの店長で歳は30代。小さいお子さんが2人。奥さんの友人から加入されていた大手生保の定期付終身からライフプランニングをした上での切り替えだった。そのお客様が契約後間もなく白血病で入院されたのだ。

基本契約後1年以内の給付金申請に対して保険会社は調査を入れる。告知義務違反に抵触する可能性を調べるためだ。もちろんその分支払いは遅れることになる。そのことを奥様に伝えた時、かなり厳しく叱責された。

「私は保険を切り変えることにずっと反対していたんですよ。こんなことなら変えるんじゃなかった。もし出なければどうしてくれるんですか!」と。「大丈夫です」と言い切れるはずも無く、調査が終わるまでは気が気ではなかったが最終的には給付されることになり安堵した。しかしその後入退院を繰り返されながら看護の甲斐なく、その数年後に訃報が入った。ご葬儀の席上では奥様に無言で深々とお辞儀をするのがやっとだった。

そしてその数日後、奥様から連絡をいただいた。保険金請求の手続きのためだ。実はその時初めて僕は詳しい保障内容を受取人である奥様に説明することになる。ライフプランニングによる必要保証曲線に沿った設計であったこと。結果的に以前の保障内容よりも数千万お支払いする保険金額が増えたこと。奥様は収入保障保険の内容をあまりご存知なく、以前より保証額が下がったと思い込んでおられたのだ。ご契約時には必ず受取人である奥様にも保証内容を熟知いただくことの重要性を実感した。

その後奥様にもライフプランニングをさせていただき、保険契約をいただくことになった(見直しながら今でも継続されている)今は生存分野の保証、老後の計画的な貯蓄目的にフォーカスされるケースが多いが、保険本来の使命は一家の大黒柱に万一のことがあった時に適正な死亡保険金をお支払いすることだ。不測の事態が家族を直撃したとき、入院から死亡保険金を支払うという一連の経験は、まだ駆け出しの僕に保険募集人としての使命感を与えてくれた。

保険金を支払うことでその契約は消滅し、手数料も無くなる(売り上げが減る)けれど、この仕事を続けていくうえで使命感を高めることはそれ以上にはるかに重要なことである。

業界歴更新の月

某カタカナ生保に入社したのが1991年2月1日。実はこの2月で保険業界に身を置いて丸29年になった。まさか自分がこんなにこの業界にいるとは思いもしなかった(笑)

営業職から営業所長、支社長で丸10年、その後起業して19年。当時32歳の青年は61歳のジジイになった。決して順風満帆とは言えない29年だった。今では「仕事に使命感を持たないと」と敢えて意識することすらなくなった。ただ、いつも毎年2月になると「あの時保険業界への転職を決意してなかったら今の俺は何をしていたんだろう・・」と思うのだ。

ご契約をいただき、死亡保険を支払ったお客様も相当数いらっしゃり、私がリクルートしてこの業界に身を置くことになったヒトも延べでは三桁になる。今の会社は社員数で300名を超え、社内結婚から子供が生まれたカップルも複数人になる。この時の決断が無ければ今の会社も無く、その社員たちの出会いも無ければ、生を受けた子供たちもいないかもしれない。そう思うと、2月1日という日は僕にとってとても重要な記念日である。

先週もそれなりの若き社員たちとの飲みの機会があった。ボランティアで落語会を手伝ってくれた社員との打ち上げ、教育事業を担う営業担当たちとの懇親、組織を横断するRPAプロジェクトの新年会。そんな機会があるたびにまだなんとか頭も体も元気なうちに彼らが成長するための肥やしになりたいと思うのだ。

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保険業界レベル3。メーカーと代理店はどこに向かえば勝てるのか
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今週のサマリー

正月休みが終わったと思っていたらあっと言う間に令和2年1月も終盤を向かえている。62歳になるのも時間の問題だと思っていたら今週高校の同級生が亡くなった。...

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ビッグイベント

先週の三連休の中日、令和2年1月12日。ワタスにとっては一世一代のビッグイベントともいえる「春蝶エロスの二人会」が開催されました。...

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