圭太は出版したことを契機に講演や研修のオファーが増え、以前にもまして忙しい日々を送っていた。しかし心は充実していた。圭太は元々起業する時に保険代理業だけをやりたかったのではなかったからだ。
―保険募集人の力を引き出し、その魅力や実力をもっと世の中にしらしめたい。そのスキルや能力をもっと社会に活かしたい―
と思っていた。その一つが保険営業で培った営業力やコミュニケーションスキルであり、その体系化した研修プログラムと講師力で保険業界だけでなくあらゆる業界の営業パーソンの役に立つことができると思い、それをまずは自らが体現していたのだ。
圭太はそれだけではなく、ベンチャーキャピタルに出資してもらった資金で顧客管理システムとホールクラブという顧客を会員化し、生活支援サービスを展開するためのwebシステムの開発も着手していた。これらはすべて創業当初から圭太のやりたかった構想だった。プランナーも増え、それに伴うスタッフも増員し、オフィスも同じビル内でフロアを変わり、面積も三倍くらいに増床した。什器備品もお洒落なものに入れ替えた。
圭太は資金が入ってきたことで、やりたかったことを一気に同時並行で進めようとしていたのだ。もちろん身体は一つなので、その忙しさは半端では無かった。研修はほとんど東京の大手企業の研修センターだったので、毎週のペースで出張が入り、その合間に会議やシステム会社との打合せ、上場準備、もちろん本業である保険代理業としてのマネジメントをしなければならず、物理的に役員やスタッフたちとのコミュニケーションが疎遠になっていた。
ただ圭太は、元々描いた夢の実現に向かうプロセスでもあり、他のメンバーも理解してくれているつもりでいたのだ。
しかし、次第に組織の中で溝ができてきていることを圭太はまだ気が付いていなかった。いや、薄々は気が付いていたのかもしれない。忙しさにかま掛け、また「オレは会社の成長のために最前線一番動いているんだ」という自負心から、コミュニケーションすることを自分から遠ざけていたに過ぎない。
「社長は、自分の好きなことばかりにお金を使って、会社をつぶす気だ。」
「社長は趣味の研修にうつつを抜かして、本業の保険ビジネスに興味がない。」
「朝倉さんはそもそも社長の器じゃない。」
圭太のいないところで、圭太への不満が募っていた。組織の中では二人以上の共通する不満が同調すれば、一気にその不満が増幅することがある。
そしてある夏の日、会議の席でその不満が爆発することになる。
自らの力量を超え、まだまだ脆弱な組織にもかかわらず、そのキャパを超えた先行投資の代償だった。
―続く―
企業は社長の器以上には大きくならないと言います。
社員も社長の器以上に成長しないと言います。これはたくさんの著名コンサルタントや経営者たちが判を押したように言い続けられていることなので恐らく間違いない真理なのでしょう。
では、社長の器とは何なのでしょう。
器の定義はあるのでしょうか?
度量とか器量を辞書で調べると、“力量、他人の意見を受け入れる心の広さ”と書かれています。
また、器の小さい経営者とは・・・
1. 自慢話しが多い
2. 何でも自分の手柄にしたがる(自己顕示欲が強い)
3. 俺がいなければ会社は潰れると信じて疑わない
4. 部下批判、他人批判が多い
5. 感謝のことばがめったに出ない
6. 顧客への態度(ペコペコ)と社員への態度(偉そう)が違う
7. 言うこと(は立派)とやることが違う
こんな経営者でしょうか。
特にオーナー経営者の場合は、自分で立ち上げた自負もあり、それなりの過去の実績もあったからこそ独立したこともありますので、それなりに成功してくるとどんどん自我の肥大(自分が偉大で特別な人間だと錯覚してしまう状況)がエスカレートしていきます。
傲慢になり自分の現実の能力に目が向けられなくなります。自分だけが何でも解っている「万能者」であるかのような錯覚に陥り周囲の人々を無能呼ばわりしたり軽蔑したりしだします。
それが社員に態度や言葉で伝わり出した時、能力のある部下は組織から離れ、依存する部下はイエスマンになり、そして組織は崩壊するのです。
経営者は常に孤独と言いますが、実は器が小さい経営者程孤独で、器が大きい経営者は部下から慕われ、孤独ではないかもしれません。
自分の器はまだまだ小さい。
自分の器はもっともっと大きくできる余地がある。
だから謙虚に生きよう。
だから真摯に学ぼう。
そんな気持ちで経営していれば器は大きくなるのではないでしょうか。
*上記コンテンツは2017年に上梓したものを多少手直しし、再掲しています
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