上場することを決意し、VCからの資金調達を果たした圭太はその資金でシステム開発に着手した。また、その大きなプロジェクトと並行して舞い込んできたのが書籍出版のオファーである。
縁というのつくづく不思議なものだ。
圭太がパシフィック生命を退職し、東京のマーケティング会社の取締役として着任してから暫くしてFPの資格取得をメインにしている教育会社の役員が訪問してきた。名刺交換するなり、
「あれ?朝倉さん、以前京都でパシフィック生命の支社長をされてた朝倉さんですか?」
「あ、はい。そうですよ。」
「私、河田です。覚えていただいてないですか?以前支社にお伺いしてライフナビゲーターの方々にFP資格講座のPRをさせていただいた河田です。な、なんでここに朝倉さんがいらっしゃるのですか?」
「実はパシフィックを退社して独立したんですが、今はここでデータベースマーケティングの営業部隊の責任者をやっています。河田さんこそなぜここに?」
「朝倉さんがパシフィックを辞められたなんて驚きです。そして又こんなところで再会できるなんて。今私はFP資格の普及のために金融機関を回って営業するだけでなく、一般生活者にもマネーリテラシー(金融知識)を高めていただくためにFP資格の普及につとめています。そこで御社の事を知りまして、是非そのパートナーとしてサポートをいただけないかと飛込みでアポイントを取って来たんです。」
その偶然の再会から約1年後のこと、
「朝倉さん、ご無沙汰してます。保険業界に本気で戻られてから会社は急成長じゃないですか!凄いですね!」
「いや、たまたま運がいいだけですよ。今日はどうしました?」
「うち、メインはご存知のようにFP資格の教育機関で、資格取得のための教材本は結構出版しているんですが、今度ビジネス本にもチャレンジしようと思ってるんです。」
「へぇー、そう。相変わらず色々新しいことにチャレンジしてますね~」
「それで、まずはハウツー本を出そうかなと。恥ずかしい話しなんですがFP資格を取っても、それが中々実践に結びつけることができない人が多いんです。知識をつけても保険や証券や不動産が急に売れるようになる人はいません。それが残念なので、FP資格を実践に結びつけるハウツー本を出したいんです。」
「なるほど。考え方はいいんじゃないですか。確かに過去ワタシがマネジメントしてきた経験からもFP資格を取って直ぐ営業成果に繋げた保険営業パーソンは記憶にありませんからね。」
「ありがとうございます。それで、今日電話したのは、その記念すべき初のビジネス本を朝倉さんに書いて欲しいんです!」
「へ?」
頼まれごとは試されごと。
圭太も出版経験は無く、自信があるわけでも無かったが、せっかく貰ったチャンスでもあるのでそのオファーを快諾した。ただ、敢えてここは研修事業で提携している会社の代表との共著での出版にすることで了解を貰った。理由はその方がよりコミュニケーションスキルを体系化して伝えられると思ったからだ。
そして休みや夜中にPCと向かいあい、悪戦苦闘しながらも約3か月で原稿を書き起こし、なんとか出版に漕ぎつけた。
内容は河田のリクエストを踏襲し、FPの知識とコミュニケーションスキルを合体させ、人を介した営業が不可欠な高関与商材、つまり保険や証券や不動産等高額な商品やサービスを販売する営業パーソンの為の内容とした。この書籍は当初、そのタイトルを「高関与営業」と命名されていたが出版直前の編集会議で手直しが加えられ、最終的には「あなたの営業は迷惑だ!そろそろしゃべるのをおやめなさい」と過激なタイトルに変更された。
圭太は出版当初、「これで夢の印税生活が送れるかも・・」と浮かれていたが世の中そうは甘くない。
書籍の印税だけで飯が食えるベストセラー作家等ほんの一握りに過ぎないのだ。とは言え圭太の初著作は4度増刷され、営業ハウツー本にしては珍しく1万部を超えた(一般的に1万部を超えると出版業界ではベストセラーに入る)
もちろん夢の印税生活は潰えたが、この書籍がプロモーションツールとなり、その後この書籍の内容をベースに研修事業をスタートさせることとなる。そして店頭に並べてあった拙著を購入した国内最大手証券会社の人材開発担当からオファーを受けることになる。その後は評判を呼んだのか国内大手から中堅の証券会社から続々とオファーが入り、研修事業の売上は年間1億円を超えるまでに成長することになる。
ただ、手放しにそのチャレンジは成功したとは言い難く、それなりの犠牲も伴うのだが。
―続く―
出版不況と言われて久しいですが。直近のデータによると書籍の売り上げは、前年比4%減の7,544億円。雑誌の売り上げは、前年比5%減の8,520億円。書籍は、ピークだった1996年と比較すると、約31%の減少。雑誌のピークは97年でしたが、その時と比較すると、実に45.5%の減少です(出版科学研究所調べ)。ただこれはアマゾン等取次店を経由しない直売上はカウントされていないということなので実際にはもう少し多いのかもしれませんが。
このように出版業界自体は大変でも、著者の立場になると話は別です。最近では芥川賞作家ピース又吉の「火花」は200万部を突破し、印税は推定で3億円とも言われています。もちろんこれはレア中のレア。では売れなければ全く価値が無いのかと言えば著者はそうでもありません。まだ少なくとも日本では著作が1冊あるだけでも「先生」と呼ばれ、リスペクトされる文化?が残っています。
印税の多寡ではなく、本業に寄与する価値が相当あるのです。特にコンサルタント、士業などカタチの無い職業や社会的に下に見られガチな営業職では書籍出版はその信頼度は抜群です。最近ではパーソナルメディアとしてブログやSNSで簡単に自分の想いやノウハウを発信できるようになりましたが、まだまだ紙媒体の価値はそれよりも重い価値があるのではないでしょうか。その後の講演や研修のオファーや単価が変わるのです。
そしてその機会に恵まれるか自ら創るかは自分次第。本業で実績を上げ目立つ存在になってオファーを待つか、戦略的に出版社に売り込み認めてもらうかは考え方とやり方次第です。ビジネスパーソンとして自分の生き様や培ったノウハウを書籍にして後世に残すことを人生の目標の1つにしてもいいかもしれませんね。
因みにワタシの場合は本編のいきさつで出版のオファーを受けましたが、今振り返っても不思議な縁としか言いようがありません。つくづく「運」はヒトによって運ばれてくるのだと改めて思います。
*上記コンテンツは2017年に上梓したものを多少手直しし、再掲しています
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