実録風!ザ・購買エージェントへの道(転職編)第一章「一本の電話が人生を変える」
実録風!ザ・購買エージェントへの道(転職編)第一章「一本の電話が人生を変える」

第一章 一本の電話が人生を変える

「ではTホテルのロビーで私はパシフィックと書いた紙袋を持ってお待ちしておりますので。」

 

パシフィックと言えば誰もが知っている電気メーカーの名前だった。どうやらその電気メーカーが外資の保険会社と合弁で設立した企業らしい。断るタイミングを逃した圭太はそのまま押しきられるような形でその約束を承諾した。

 

Tホテルでの面談を終えた圭太の心はかなり高ぶっていた。その高ぶりを抑えながら根上氏が語った内容を冷静に整理してみた。

 

魅力に感じたこと。平均年収1500万。今の会社ではいくら出世してもほぼ不可能な金額だ。もちろん成功すればの話だが。 売り方は従来のGNP(義理・人情・プレゼント)セールスではなくコンサルティングによる個々のライフプランに基づいたオーダーメイド設計という手法。今までにない付加価値を顧客に提供できそうだ。

 

しかし、生命保険という仕事には全く興味はない。むしろ世間のイメージが悪いのでやりたくない部類の仕事だし、営業経験もない。そしてもし売れなければ収入がなくなるという非常にハイリスクなフルコミッション(完全歩合制)というワークスタイルである。

 

圭太はバイヤーという仕事柄、仕入れた商品が売れるか売れないかの判断基準を冷静に見極めるとき、ある方程式に置き換える習慣を持っていた。それは品質の良し悪し、付加価値の大小、価格の高低という三つの相関により

 

顧客満足度=(品質+付加価値)/価格

 

で判断する(品質の高い商品にサービスが付加されて、かつ価格が安ければ顧客は最も満足する)というものだ。自分の感情や嗜好に左右されずに完売できる仕入を冷静に行う為の選別方法の一つだ。

 

「この保険の仕事(確か根上さんがライフナビゲーターとか言ったっけ・・・)を買う立場で分析してみるとどうも保険という金融商品はその品質も価格も突き詰めるとどこでもそれほど差別化はできないようだ。と言うことは顧客満足度を上げるポイントは付加価値を上げるしかないな。この場合の付加価値とは売り方であり、サービスであり、究極はその接点である営業パーソン、つまりライフナビゲーター、人生の伴走者そのものか。俺でも必死にやればなんとかやれそうな気がする・・・」

 

しかし会社の同期の親友に相談してみると、「あほか!やめとけ保険の営業なんか!お前友達なくすで。そんなこと考えるくらいやったら今度の昇格試験の勉強せーよ。」 一蹴されると圭太の心が揺れた。

 

妻にも打ち明けてみた。

 

「圭ちゃん。ほんまに大丈夫なん?なんか心配やわ。そんな保険会社聞いたことないし、それにお給料も決まってないなんて。」

「みっちゃん、俺もリスクは百も承知や。でも色々考えたんやけどここは一つ勝負してみよと決めたんや!いつも休みの度にお義母さんとこ行って食料品漁って帰る暮らしを最近ずーっと情けないと思ってたんや。今は優も小さいからわからんと思うけど、今のうちに、優がまだわからんうちに経済的に自立できる男に、いや父親になっときたいんや!」

 

「・・・・・」

 

誰に相談しても賛成してくれないまま、思いとどまった圭太は断るためにパシフィック生命に出向いた。するといつもは静かな口調で話す根上所長が、いつになく熱い口調で切り出した。

 

「朝倉さん。あなたは恐らく今の会社に勤め続けてもそれなりに評価され出世されるでしょう。でもそのまま今の会社で定年を迎えられたとき、本当に満足できたと思える自信はありますか?企業の歯車の一片で終わるより自分で自分の歯車を回していく、そんな仕事にやりがいを感じませんか?そして結果はすべてあなたの報酬に反映されるんです。やり方しだいであなたの夢が叶うのです。人は迷ったとき安全な方向に戻ろうとします。でも、ここは勇気を出して私からの一本の電話に賭けてみませんか!」

 

鍛え上げられたヘッドハンターの説得力が心のシーソーゲームにピリオドを打った。

 

圭太は元々就職するときの選択肢に自分の好きなスポーツというジャンルにこだわった事とは裏腹に、仕事を今はビジネスとしての成功確立と自己実現の為の手段、もっと極端に表現すると収入を稼ぐための手段と割り切ろうとしていた。そしてハイリスクな部分を頭の片隅に押しやり、今までにないこの保険会社の差別化戦略に希望の光を見出そうとしていた。

 

今年初めてコートを着た日、圭太は部長に辞意を表明した。

 

 

続く

 

 

参考コラム

「最近どの会社の営業の方も同じことをおっしゃるんですけど、具体的には他とどこがどう違うんですか?」

 

銀行。証券。保険。金融業界は急速にその垣根を無くし、横一線の競争社会に突入しようとしています。信用力に不安が残る企業はより大きな企業と合併し、格付けにも格差がなくなり、取り扱う商品もほとんど全商品が網羅され、組織としての総合力は益々拮抗してくるものと思われます。

 

「弊社はオーダーメイドであなたにぴったりの提案を致します!」

「弊社は1社ではなく複数の会社の商品を取り扱っておりますので、最もコストパフォーマンスの高い商品設計が可能です!」

「私はFP資格を持っておりますのでお金の相談はお任せください。コンサルティングでは誰にも負けません!」

 

最早こんなセールストークでは恐らく冒頭のお客様の素朴な質問が出てくるのは否めませんね。 コンサルティングセールスにおける最初の難関は初回面談の15分。いかに好感を持たれ、信頼の場作りができるかポイントです。

 

その場作りのための重要な要素のひとつが「能力の開示」です。

 

そもそもお客さまはその企業や営業パーソンの「能力」に見合った情報しか開示しようとしません。聴く内容の量と質は、お客さまがあなたの能力を認知してくれた度合いに比例するのです。 (信頼に足ると思った医者だから病気の相談をしたり、心を許したカウンセラーだから心の悩みを打ち明ける)

 

「自分にしかできないお客さまに対する付加価値」を身につけることはもちろん大前提ですが、あなたが「どこにでもある会社」の「どこにでもいる営業パーソン」ではないということをせめて冒頭にしっかり訴求しておきましょう。長くても3分以内、自慢話しにならないようにさりげなくね!

 

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