自己肯定感。ユーモアは人間だけに与えられた神的といってもいいほどの崇高な能力である。
自己肯定感。ユーモアは人間だけに与えられた神的といってもいいほどの崇高な能力である。

ONLY1のビジネスモデルである土地のサブリース業を営む「JPD清水」社をHOLOSグループに向かえてから基本毎週火曜日の朝は長岡京市にある本社に出社するようにしています→http://www.jpd-simizu.co.jp/index.html

ですが。

今までの事業は設立から現在に至るまでを関わってきましたから、多少はワタスの能力がその事業そのものの成長やそこに所属する社員の成長にも少しは貢献してきたと思うのですが、はっきり言ってJPD清水社には今のところ何の役にも立てていないのでワタスの存在価値が無いなと結構卑下しながら出社をしている状況です。

一般的には。

人は他人から認められたり感謝されたり喜ばれたりすることで自己肯定感や有能感が高まり、自信がつき、モチベーションが上がり、その結果組織に対する愛着心が芽生えたり、自己成長にもつながったりするものです。これはいくら年齢を重ね、立場や地位が上になっても同じで、例え社長でも部下から評価されれば同様の感情を持つものではないでしょうか(少なくとも凡人であるワタスはそうです)

実はそんな中。

初めてJPDの社員から感謝されました(グワァァァァァァ!!!(心の叫び))

その理由は。

私が来ると事務スタッフさんが気を使ってコーヒーを入れてくれるのですが、その際に私にだけ持っていくと他の出社している社員さんたち(3名くらい)に気まずいのでその彼女が社員さんたちの分までコーヒーを入れてくれるのです。

その時に一人の社員さんが。

「毎週社長が来てくれるお影で美味しいコーヒーがいただけます、有難うございます!」

と、喜んでもらえたのです(笑)ま、どんな理由にせよ人様から感謝されると自己肯定感が高まりますね・・・

こんな社長ですいませんと思いつつ本来の仕事でも多分必ず間もなくお役に立てると根拠のない自信だけは持ち合わせている物心ついた時から自己肯定感の塊壮年@ケーホリーですこんにちわ(事務スタッフさんにはこっそり賄賂のお菓子を渡すつもりです・・

ところで。

今週20日は母の命日でした。

母は74歳、私が38歳の時に他界しました。死因は心不全。一人暮らしだったのですがお風呂の中で死んでいるのを1日経過後に発見されました。その時私は某保険会社の支社長だったのですが、当時全社員数千名が一同に会するカンファレンスを関東でやることになり、支社のメンバー全員を連れてその前日に箱根で会議兼懇親会をやることにして、その夜中に乱痴気騒ぎをしている時に母が突然死んだとの一報が入りました。あまりの突然のことで気が動転しつつ、結局翌日のカンファレンスはキャンセルし夜行寝台列車に飛び乗り京都に戻りました。

あれから20年以上の歳月が流れました。優しく明るくアクティブな母でしたが、男ゆえに必要以上のことを話すことも無かった中での突然死でしたので母自身が自分の人生をどう感じていたのか知る由もありません。今は死にたくても中々死なせてもらえない世の中なので、闘病もせず苦しまずに逝ってしまったことはある意味幸せだったのではないかと思います。

ワタスも着々と死に近づいてますので、自分の「死にざま」についてはそれなりに考えるようになってきました。死にざまとは逆に言えば「活きざま」でもあります。日々いつ突然死しても悔いのない活き方をしているかそして最期は長患いや介護状態にならずにできればピンピンコロリと逝くほうが自分にとっても遺族にとっても倖せだということです。

因みに。

日本ホスピス界の草分け柏木哲夫氏もその著書の中で。

『ホスピスという場で2500名の患者さんを看取った。その経験を通して、「人は生きてきたように死んでいく」と思った。不平不満を言いながら生きてきた人は不平不満を言いながら死んでいく。周りに感謝して生きてきた人はわれわれスタッフに感謝しながら死んでいく。これまでの生き方が、末期に濃縮する形で現れるのである。よき死を死すためには、よき生を生きる必要がある。』(「死にざま」こそ人生~ありがとうと言って逝くための10のヒント~』(朝日新聞出版)の文頭からの抜粋)

と仰っています。

私がこの10のヒントの中で最も感銘を受けたのは「その7・緩和ケアとユーモア」という章です。著者はユーモアとは「愛と思いやり」であり、人間は死が近いにもかかわらず笑うことができる存在だと言及されており、文字通りユーモアが緩和ケアに繋がったという症例をいくつも掲載されていて、死が迫っている患者、看取る家族、ケアする医師や看護師のカタガタが、ともすれば重苦しくやるせない空間の中、それぞれの立場でユーモアシップを発揮されるやり取りを読むことで、ホスピスに関わらず、いかに人と人とが触れ合う空間でユーモアが大切かを再認識できました。

「ユーモアは人間だけに与えられた、神的といってもいいほどの崇高な能力である」

これは著名な精神科医V.フランクルが残した有名な言葉ですが、当社のビジネススタイルを「ユーモアビズ」としたことはまさに我が意を得たりと思っています。生涯の中で最も時間を費やす仕事という時間を充実するためには「ユーモア」というエッセンスが必要です。

例えユーモアが無くても普段から不平不満や愚痴悪口や泣き言文句を癖のように口走る人はそれだけでも無くせるものなら治しほうがいいかもしれませんね。笑いは許しであり感謝の表現です。

死にざまこそ人生。できればワタスは死に際でもしょーもない下ネタかギャグを言いながら死んでいこうと思います(笑)

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